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Sunday, 5 August 2018

『映画』LÖSS(八里沟/八里溝)、Stories About Him(关于他的故事/彼についての物語)、The Giant(巨人)他


2018429
Animation Shorts(短編アニメーション特集)」・・・Singapore Chinese Film Festival
 Singapore Chinese Film Festival(シンガポール・チャイニーズ・フィルム・フェスティバル)の短編映画プログラムの一つで、短編アニメーションを特集している。Lasalle College of the Arts(ラサール・カレッジ・オブ・アーツ)が映画祭のパートナーで(上映会場もラサールのスクリーニング・ルームだった)、ラサールの学生による作品も2作上映された。上映終了後には、それぞれの作品の監督たるElliot Chong Jia EnSarah Cheok、そして「The Giant」を作ったZhuang兄弟とのトークが行われた。上映されたのは、以下の8作品

LÖSS(八里/八里溝)
公開年: 2016
製作国: 中国/ベルギー/オランダ
監督:  Zhao Yi易)
見た場所: Lasalle College of the Arts


 八里溝(八里沟、中国河南省新郷市の八里溝か)の農夫の元に、「妻」として売られた女性の半生を描く。時に夫から虐待を受けつつも、暗赤色の泥で小さな人形を作ることを慰めとしながら、彼女は貧しくて過酷な生活を生きる。アニメーションだが貧農のセックスが赤裸裸に描かれており、何となく今村昌平作品を思い出させる。彼女の作る人形(ちょっと「さるぼぼ」っぽい)は赤ん坊を模しているように見える。夫は、セックスを強要する恐ろしい存在であると同時に、人並みの幸せを与えてくれる存在かもしれない。そのアンビバレンスを、主人公の現実生活の中に(アニメーションなだけに)無理なく幻想を織り交ぜることで表現する。最初からハッピーエンドで終わる気の全くしない作品なので、来るべき破綻がいつ来るかいつ来るかと、見ている方は緊張しながら待つことになる。ちょっとじりじりさせられる(長い)。その間、四季が移り過ぎてゆき、ついには予期していたような出来事が起こる。でも、そこで映画が終わるのではなく、もう少し続きがあるのだった。

 暗くみじめな話なのだが、その一方で実に美しいアニメーション作品でもある。セリフのない作品だが、雪道を踏みしめて歩く足音や、生の薩摩芋をかじる音など、音響効果が印象的だった。201855日)

Fundamental(基石/ファンダメンタル)
公開年: 2017
製作国: 台湾
監督:  Chiu Shih Chieh邱士杰)
見た場所: Lasalle College of the Arts


 この短編アニメーション特集にはゲイをテーマとしたものが2作品あり、シンガポールの映画レイティングではR2121歳以上のみが鑑賞できる)になっている。しかし、その2作品よりもさらに問題だったのがこの「Fundamental」で、IMDAInfo-communications Media Development Authority、情報通信開発庁、レイティングを付与している政府機関)に三度申請を却下され、映画祭側が(たぶん)拝み倒してようやくR21で上映許可を得たのだった。見ると、政府が良しとしなかった理由がわかる。冒頭、「個人的な物語である」とことわっているものの、いわゆる「キリスト教原理主義」と言われるような、極めて保守的なキリスト教徒の家庭に育った少年の宗教体験が風刺的に描かれているのだ。多民族の調和と治安の維持に厳しいシンガポール政府的には、宗教がらみの作品には特に神経質である。しかしこの作品は、確かに保守派を揶揄していると言えるが、と同時に、(宗教に限らず)大人の押しつけに対して疑問や反抗心を抱く一方、そうした異議を持つことに罪悪感も感じるという思春期の子供の矛盾した感情を、被害妄想的な幻想という形で上手く描き出している。だからこそ可笑しい作品になったと思う。201856日)

Losing Sight of a Longed Place(暗房夜空)
公開年: 2017
製作国: 香港
監督:  Shek Ka Chun(石家俊)、Wong Chun Long俊朗)、Wong Tsz Ying黃梓瑩)
見た場所: Lasalle College of the Arts


 香港に生きるゲイの若者が、家族(特に父)や、権利を求めて活動するLGBTのコミュニティといった、自分自身と自身の周囲を振り返るという、社会的かつ内省的な作品。基本的に、線画に水彩絵の具やクレヨンで色を付けたようなアニメーション。その中でなぜか、蛇口から流れ出た水がバスタブに溜まって行くシーンが印象的だった。夜の暗さと孤独とやり切れなさと、若干のエロスが感じられるからだろう。201857日)

Between Us Two(当然)
公開年: 2017
製作国: シンガポール
監督:  Tan Wei Keong
見た場所: Lasalle College of the Arts


 アメリカで同性と結婚したシンガポールの男性が、亡くなった母に語りかける。実写を利用したアニメーションで、同性婚のシーンもある。「Losing Sight of a Longed Place」と同じく、ゲイをテーマとしているわけだが、この作品もやはり内省的。母へのもの思いを、アニメーションだからこその自由な心象風景に重ね合わせ、5分間で描き切っている。201857日)

Stories About Him于他的故事/彼についての物語)
公開年: 2017
製作国: 台湾
監督:  Yang Yung-Shen咏亘
見た場所: Lasalle College of the Arts


 ナレーターである「私(監督)」はある日、肖像画でしか知らない祖父について、 数多いおばさん達に質問してみた。すると、彼らの話はバラバラで、祖父の瞳の色や彼がどこからやって来たのかさえもはっきりしない・・・。そんな親族達の曖昧な話から組み上げられる、亡き祖父の一代記。おばさん達の説明が逐一アニメーションで表現されるのだが、様々な技法が使われている。そのイマジネーションの広がりが、とても豊かで楽しい。一家族の私的な話なのだが、それと同時に台湾の歴史を語るものであり、また記憶の不確かさについての作品でもある。201857日)

Loop(回路)
公開年: 2017
製作国: シンガポール
監督:  Elliot Chong Jia En佳恩
見た場所: Lasalle College of the Arts


 会場であるラサール・カレッジ・オブ・アーツの学生の作品。孤独な若者が、(たぶん離れて暮らしている)両親への思いを振り払えないで、さらに孤独を感じるという堂々巡りを描いている。のだが、私の察しがよくないせいか、ちょっとわかりづらかった。201858日)

Tiger Baby虎儿/タイガー・ベビー)
公開年: 2017
製作国: シンガポール
監督:  Sarah Cheok石凌菲
見た場所: Lasalle College of the Arts


 こちらもラサールの学生の作品。ストレスだらけの日々の暮らしから、虎になって抜け出すことを夢見る女性。彼女が虎を夢想する時のきっかけとして、かの有名なタイガーバーム(シンガポールのハウ・パー・コーポレーションが作っている軟膏)が使われている。タイガーバームの匂いをかいだり腕に塗ったりすると、すっきりして虎になれるような気が・・・。(別にこの作品がハウ・パー・コーポレーションと提携しているわけではない。)冒頭で、彼女が近所の野良猫達にもタイガーバームの匂いをかがせていて、それが可笑しかった。201858日)

The Giant(巨人)
公開年: 2017
製作国: シンガポール
監督:  Harry & Henry Zhuang
見た場所: Lasalle College of the Arts


 シンガポールの芸術家Tan Swie Hian瑞献)の詩から着想を得た作品。地球を動かす巨人、そして不毛の島に打ち上げられた魚達。そのうちの一匹は海に戻らず、島の地下を探検する。やがて、不毛の島に緑が生まれる。・・・ストップモーション・アニメーションの力作で、島、海、魚などのあらゆるものが細かく切った新聞紙から作られている。張り子の魚等、質感としても味わいがあるが、作品中に時おり文字が読めたり、有名人の写真が見えたりし、新聞紙を材料としていることそれ自体が、人類の歴史のメタファーとしても機能している。上映終了後のトークで監督のZhuang兄弟が、ディズニーのアニメなどだけを見ているとよくわからないが、短編アニメーションを見ると、アニメーションには様々な技法があることに気づかされると言っていた。それがアニメーションの良さであろうと。そこでは作り手の個性が強烈に発揮されるのであり、そしてそれがアニメーションの魅力であると、私も思ったのだった。2018513日)

上映後のトークで撮影に使われた魚の模型を見せる庄兄弟。
双子なのだがどちらがハリーでどちらがヘンリーだったか・・・すまない

会場のラサール・カレッジ・オブ・アーツ

Sunday, 24 June 2018

『映画』Have a Nice Day(好极了/ハヴ・ア・ナイス・デイ)


2018223
Have a Nice Day)」・・・SCUFF(Singapore Cult & Underground Film Festival)
公開年: 2017
製作国:  中国
監督:  Liu Jian(劉健/リウ・ジエン)
見た場所: *Scape

 Scum CinemaによるSCUFFSingapore Cult & Underground Film Festival)の時期がやって来てしまった。一年の経つのが早すぎて早すぎて。今年のプログラムは、このアニメーション「Have a Nice Day」、梶芽衣子主演の「銀蝶渡り鳥」、少年達が主人公のスリラー「Super Dark Times(ぼくらと、ぼくらの闇)」、バイオレンス・ホラーの「Killing Ground(キリング・グラウンド)」の四本だった。子供達が恐ろしい秘密を持ち合うことにも、キャンプに行ってひどい目にあうことにも、あまり興味がわかなかった(というよりも、私には恐すぎる)ので、「Have a Nice Day」と「銀蝶渡り鳥」を見に行った。ちなみに「銀蝶」は旧作のためか、無料だった。


 Xiao Zhangは、ギャングのボスの100万元を運ぶ途中、その金を奪って逃走。目的は、美容整形に失敗したガールフレンドを韓国に連れて行き、整形手術のやり直しをさせてあげるためだった・・・。ここから、100万元を取り戻そうとするボスを始めとして、大金を巡る様々な人々の姿が描かれる。自分の女を寝取った幼なじみの絵描きを締め上げるボス、ボスにXiao Zhangの追跡を依頼された表の職業は肉屋の殺し屋、アホなのか天才なのかよくわからない発明狂の麺屋のおやじ、なぜかシャングリラを夢見るXiao Zhangのガールフレンドの従姉妹等々、おかしな人達満載。しかし、なんとなく、地球のどこかにこういう人達がいるのではないかという、妙なリアル感がある。


 映像についても同様で、設定では中国南部の都市ということになっており、いかにもこういう町がありそうと思わせるほど巧みに描かれている一方、どこか違う惑星の都市のような雰囲気がある。全体的な色調が緑色っぽいせいかもしれない。そして、この独特の雰囲気があるからこそ、ラスト近くの怒濤の展開にも、なんとなく納得がいってしまった。

 大金が手に入ったらシャングリラに行くと言う従姉妹の言葉を受けて、突然始まるカラオケ映像風のシーン。監督自らが作詞した歌「I Love Shangri-La」に合わせてイメージ映像が展開していくわけだが、往年の共産主義ポスターのような絵柄になっている。従姉妹とその彼氏が二人並んで斜め上を向いている構図で、健康的に農作業をしたり家畜を育てたりしているのだが、二人とも青く染めた髪と長髪のままである。いや、なんだこの唐突なミュージカル・シーンは。可笑しい。

 ガールフレンドに整形手術を受けさせるのも、発明家として事業を興すのも、子供を海外に留学させるのも、全てに先立つものはお金である。それは確かにそうなのだが、第五世代の登場から30年を経て、まずは金、という作品を見ようとは。劇中、建設現場のセキュリティ・ガードの会話の中で、「三段階の自由」というものが語られている。第一段階は、「市場で買い物する自由」。商品は限られているが、交渉によって値引きを得ることも可能。第二段階は、「スーパーマーケットで買い物する自由」、そして最後の段階が、「オンライン・ショッピングの自由」。この最終段階では、人は世界中の商品を自分の好きなだけ買うことができる。友人からこの説を唱えられて、相手のセキュリティ・ガードは言う。「俺はまだ、第一段階の自由も十分に得ていない」。金を使えることが自由なのか、それとも、自由とは金で買うものなのか。ユニークな映像とともに面白いブラック・コメディだった。
 (なお、今回上映されたのは、2017年のベルリン映画祭出品時のバージョンだった。)

 翌日、「銀蝶渡り鳥」を見た。このタイトル、生物の名前が二つ入っていて、蝶なんだか鳥なんだかよくわからないなーと思った。それはともかく、梶芽衣子って美人だなーと思いながら見始めたのだが、予想外に、見ていくうちに渡瀬恒彦のことがどんどん好きになっていった。渡瀬恒彦、素晴らしいよ。これも面白い映画だった。201834日)

SCFFオリジナルデザイン、「銀蝶渡り鳥」のポスター

Wednesday, 13 December 2017

『映画』China's Van Goghs(中国梵高/中国のファン・ゴッホ)


20171013
China’s Van Goghs(中国梵高)」・・・Painting with Light (International Festival of Films on Art)
公開年: 2016
製作国: 中国/オランダ
監督:  Yu Haibo(余海波)/Yu Tianqi Kiki(余天琦)
見た場所: National Gallery Singapore

 「Painting with Light」は、National Gallery Singapore(ナショナル・ギャラリー・シンガポール)主催による、芸術をテーマとした映画祭である。「芸術的な」(美術が凝っている?)映画を集めた、というわけではなく、文字通り芸術———美術館、絵画、舞台芸術、映画、パフォーマンスアート等々———を題材とした作品達で、ほとんどがドキュメンタリーである。映画そのものを楽しむというよりも、映画を通して様々な芸術の世界を覗く、という感じの映画祭なのではないかと思う。

ナショナル・ギャラリーのロビー

上映会場入口。写真はケイト・ブランシェット主演の「Manifesto」


 さて、この「China’s Van Goghs(中国のファン・ゴッホ)」というドキュメンタリー映画である。中国広東省深圳市にある大芬村は、「大芬油画村」と呼ばれる油絵の町である。1980年代の終わりに香港のビジネスマンによって油絵の生産が開始されて以来、現在では数千人の画工が集まり、年間10万枚以上の油絵が制作されているという。西洋絵画の傑作を模写した彼らの作品は世界中に輸出され、ウォルマートのような大手スーパーマーケットから小さな土産物店まで、様々な場所で販売されている。

 このドキュメンタリーの主人公であるZhao Xiaoyong小勇)は、1990年代に大芬村にやって来た。以来20年、ここで油絵、特にファン・ゴッホの模写を描き続けている。現在では何人かのスタッフを擁し、納期と戦いながら、アパートの一室の狭いスタジオで制作に勤しむ毎日である。貧しい農家の子として生まれ、中学も満足に通えなかった小勇だが、模写の筆一本で身を立て、お金のやりくりに苦労しつつも仕事を維持し、立派に家庭も築いている。ちなみに彼の最初の絵の「生徒」は、彼の妻だそうで、夫婦で、さらに妻の兄弟とも一緒にこの仕事をしている。なお、彼のスタジオのシーンでは、狭い空間にずらりと並んで立った画工達が各々の作品を仕上げて行く様子が映される。その光景は壮観で、(部屋の広さきれいさとか、立っているか座っているかとかの違いはあれど)なんとなくアニメーターの仕事場を思い出させた。大勢の人が黙々と絵を描いているというその雰囲気のせいだと思う。

 多年ファン・ゴッホの作品を描き続けてきた小勇だが、オランダに取引先ができて以来、ゴッホのオリジナルを見るためにオランダに行くという夢を持つようになった。このドキュメンタリーでは、彼が(お金がかかるので)オランダ行きを渋る妻を説き伏せ、初めてパスポートを取得し、仲間とともにファン・ゴッホの足取りを追ってヨーロッパを旅する姿が描かれる。そして、その旅の後に何が起こったのかを。

 アムステルダムでの小勇は、取引先の言っていた「ギャラリー」が小さな土産物店に過ぎなかったことにショックを受け、にもかかわらず、自分達の卸値からすると結構いい値段で販売していることにさらにショックを受ける。模写販売もファストファッションその他諸々のビジネスと同じく、経済格差を利用した商売なのだ。そしてついにファン・ゴッホ美術館でオリジナルの作品と対面し、完全に落ち込む。自分のことを「芸術家」だと思ってきたわけではないが、それでも、ここに飾られるような価値が自分の絵には全くない、ということを痛感してがっくりするのだ。

 しかし、その後ファン・ゴッホの足取りを辿ってパリ、アルルを旅し、ファン・ゴッホが訪れた場所を訪れ、見たであろうものを見るうちに、彼は元気を取り戻していく。アルルでは「夜のカフェテラス」のモデルとなったカフェを訪れ、ファン・ゴッホが描いたのはこの宵闇、まだ完全に夜になりきっていない空の青さだったのだ、と感動してはしゃぐ。夜中、酔っぱらって、「俺はここに残るぞ!」とアルルの裏通りで叫ぶ。そして、旅の最後にオーヴェル=シュル=オワーズのファン・ゴッホの墓を訪れると、親しみと尊敬を込めて、中国から持って来た煙草を墓石に供える(小勇は大変なヘビースモーカーである)。

 帰国後、小勇は大芬の画家仲間と話し合う。自分達もそろそろ自分達のオリジナル作品を描いてもいい頃だ、と。彼が最初に描いた作品群は、湖南省の一寒村である故郷の裏通り、そこに住む自分の祖母の肖像、そして大芬の自分のスタジオである。(ちなみに小勇の実家では、いまだ土間のかまどで料理をしている。国の発展から取り残されたようだが、皮肉なことに、それだけに深圳のような都会と違ってフォトジェニックな風景が広がる。)

 非常に明確なプロットの元、ストーリーがわかりやすく流れて行くので、見やすく、かつ楽しめる作品である。社会情勢を滲ませつつ、模写で生計を立てることと、確立された芸術との間の葛藤が、大芬の何千という絵描きの中の一人を通して描かれている。しかしそれと同時に、過去の一人の画家が、国も人種も異なる後世の画家をいかにインスパイアしてその仕事に向かわせていくかという、画家の系譜の不思議を描いた作品ともいえる。

 パリのカフェに集う画家というと、何の根拠もなくロマンチックでおしゃれな感じがするが、大芬の小勇達は上半身裸で、通りに出された食堂の椅子に座ってくつろぐ。たぶん蒸し暑く、かつ洗濯をするのが面倒くさいからだと思うのだが、仕事場でもよく彼らは上半身裸である(男性の場合)。シンガポールでも団地の下のコーヒーショップで、下着のようなランニングにショートパンツのおじさんがくつろいでいたりするが、まぁそういう感じ。「オープンエア」というとなんだか格好いいが、格好よさとは無縁の世界である。そこは「おしゃれな」パリではなく、中国の都会の裏通り。でも、酔って作品と自分達の進むべき方向性について熱く語っている小勇達を見ると、あぁ芸術家だなぁ、と思うのだった。「いつか、後50年、100年したら、俺たちの仕事が認められる日が来るだろう」そう管を巻く小勇の———これまでそうやって人生を切り開いてきたであろう———その楽天主義、明るさが胸を打つ。2017114日)

小勇とファン・ゴッホ。スタジオ内はゴッホの絵でいっぱい。

Monday, 3 July 2017

『映画』恋愛与義務(恋爱与义务/Love and Duty)


201757
恋愛与義務(恋爱与义务/Love and Duty)」・・・Singapore Chinese Film Festival
公開年: 1931
製作国: 中国
監督: Bu Wan-cang卜万
出演: Ruan Ling-yu阮玲玉Jin Yan
見た場所: National Museum of Singapore

あらすじ:
 女学生Yang Nai-fan乃凡)は、近所の大学生Li Zu-yi(李祖义)と恋に落ちるが、両親に逆らうことのできぬまま、決められた結婚相手の元に嫁ぐ。それから5年後、夫婦仲は冷めているものの、二人の子供に恵まれた乃凡は、偶然に李祖と再会する。お互いにまだ相手を思っていることを知った二人の仲は、急速に深まっていくが・・・

 今年のChinese Film Festivalのクロージング作品である。「Restored Classics」プログラムの一つで、主人公の乃凡を演じるのは「サイレント映画の女神」、阮玲玉(ロアン・リンユィ)。長らく失われた作品とされていたが、1990年代に完全なプリントが(なんと南米の)ウルグアイで発見され、2014年に2Kデジタルレストア版として蘇ったものである。

 クロージング作品なので上映前に主催者の挨拶があったが、この作品を選んだ理由は、昨年のクロージングがスタンリー・クワン監督の「ロアン・リンユィ 阮玲玉」だったからだそう。これでfull circleになる、という意味合いをこめているのだ。

不倫デート中の乃凡(阮玲玉)

   無声映画ではあるが、ピアノ音楽がついている。これは、ドイツの作曲家がレストア版のためにつけたもの。字幕は元からあったもので、中国語と英語の対訳になっている。新しいキャラクターが登場するたびに、役名と演じる俳優名が字幕で紹介される。紹介されるとそれが重要な役どころかと思ってしまうのだが、実は端役ということも多くて拍子抜けする。名前のある役については、全員を劇中で紹介していくシステムらしい。

 152分という長尺のメロドラマである。しかし、一人の女性の一代記でもあり、もちろんいろいろなことが起こるので、長く感じるということはない。(サイレント映画とはいえ)白塗りも甚だしい女学生から、美しく着飾った裕福な若妻、駆け落ち後の質素な若い母親、そして生活に疲れた中年女性という変遷を、阮玲玉が演じ切っている。ちなみに後で気づいたけど、主人公乃凡が夫との間に儲けた娘の、15年後の姿も彼女によって演じられている。乃凡と娘が同時に登場する場面もあるので、そこは演出と撮影技術が駆使されている。

 若い頃を演じる阮玲玉もかわいいが(と言っても、そもそも本人が当時まだ21才かそこらなのだ)、中年になってからの姿が圧巻。愛する男性と駆け落ちして結果的に不幸になる若い女性、という話で終わってもいいようなものの、その15年後というプラス・アルファのストーリーが余計に感じられないのは、彼女の芝居を飽きずに見ていられるからだと思う。ちなみに、映画「ロアン・リンユィ 阮玲玉」で、主演のマギー・チャンが指摘していた「腕を引き絞る」という演技が、この映画でも随所で見られる。言われてみると、阮玲玉に特徴的な演技の一つだと思う。華奢なこともあって(腕とかすごく細い)、腕を引き絞る動作が、感情表現としてわかりやすく、印象的。

 恋人李祖役は、当時「映画の皇帝」と呼ばれた人気スター、焰。最初に大学生で登場した時には、(若さを強調するためだろうが)阮玲玉以上の白塗りだが、非常なハンサムである。その男ぶりは、それほど白塗りでなくなった5年後の時によくわかる。なお、李祖阮玲玉の乃凡との再会のきっかけは、公園の池で溺れた彼女の子を、たまたま李祖が助けたことによる。が、その池があきらかに浅くて、子供(幼児)の足がつくくらいの深さなので笑える。いやまぁ、そうじゃないと本当に溺れさすことになってしまうんだけど、それは。

 ところで今回この作品を見ていて、劇中の阮玲玉の姿勢がなんとなく気になった。富裕な若妻を演じている時でも、(私の目の迷いかもしれないが)常に心持ち猫背な気がする。でもこれは、彼女の姿勢が悪いというのではなく、当時はそれが女性のあるべき姿勢だったのではないかと思った。つまり、今のように胸を張ってしゃんとしているのが美しい、という感覚ではなかったのではないかと。あるいは、貞淑で善良な人妻(彼女は恋人と駆け落ちするが、悪女ではない)を表す身体表現として、体を内向き加減にするということをしていたのかもしれない。単なる憶測なんだけど。

 何はともあれ、上映が終わった時、「見たわ〜」ということが実感される、ボリュームある作品だった。201762日)

Monday, 26 June 2017

『映画』追凶者也(Cock and Bull)


201756
追凶者也(Cock and Bull)」・・・Singapore Chinese Film Festival
公開年: 2016
製作国: 中国
監督:  Cao Baoping(曹保平)
出演:  Liu YeZhang Yi张译
見た場所: Golden Village, Suntec City

あらすじ:
 中国南西部の片田舎。村の住人の一人が惨殺される事件が起こり、自動車修理工のSong Laoer(宋老二)が疑われる。一本気な性格の宋老二は、自らの手で汚名をはらすべく、犯人探しに乗り出すのだが・・・

 今年のChinese Film Festivalで見た新作はこれのみだった。この作品は、最初に主人公の宋老二、次に容疑者となる田舎の不良、Wang Youquan(王友全)、それから犯人という順で、それぞれの視点を引き継いで行きながら事件の顛末を語って行く。そのため最初の方では気づかないのだが、最後まで見てしまうと、話運びがどことなくコーエン兄弟の映画っぽいと感じる。人生の風向きを良くしようと思って犯罪に足を踏み入れたらとんでもないことになった、というタイプの話で、なかでも「ファーゴ」を思い出させる。殺人事件の話なのに、ユーモラスな作品でもある、という点が特に。

 しかし、「ファーゴ」のように後で人生をしみじみと思うような滋味はない。そして、そこがこの作品の良い所である。人生の悲哀もないわけではないが、それよりも、村のおばあさんから町のチンピラまで、誰しもが大雑把(おおらかとも言う)にタフでないと生きられない世界が描かれる。この人達、落ち込んで家に閉じこもって誰にも会わないとかないのな、たぶん。そんな人々が、殺人事件に端を発する一連の出来事を引き起こしたり、それに巻き込まれたりしていくブラック・コメディである。

 この作品最大の面白さは、事件の追跡者、容疑者、犯人の全員がアマチュア(探偵としても犯罪者としても)、というところにある。必死の逃走劇も、命に関わる死闘も、トム・クルーズのアクション映画のようには決してならない。本人達が真剣であればあるほど、その慌てぶりやもがきもあがきが滑稽に見える。そんなアマチュア、素人(役)だからと言って、彼らがあまり動いていないかというと、そうではない。素人が切羽詰まっているという状況だからこそ、全員が体を張っている。必死さを、可笑しくもスリルあふれるものとするために、努力と工夫が凝らされた作品である。特に、宋老二と容疑者王友全の村内追っかけっこと、王友全と犯人との船での死闘は一番の見所。また、一流の殺し屋を装う犯人が、素人ゆえにミスにミスを重ねて行く姿も、可笑し過ぎて逆に愛おしくなってくる。人間ってなんてバカなんだろう。

 そんな、我々誰しもがそうであるような人というもののバカさを、(命に関わっているけど)おおらかに受け止めて笑い、非常に楽しい映画だった。2017528日)