Sunday 9 September 2018

『VR(バーチャル・リアリティ)』WHIST --- ジョージタウン・フェスティバル


2018812
WHIST---George Town Festival(ジョージタウン・フェスティバル)
国: イギリス
芸術監督: Esteban Fourmi and Aoi Nakamura (AΦE)
見た場所: Wisma Yeap Chor Ee, George Town, Penang, Malaysia

参加者が見ることのできる映像の一つ

 マレーシアはペナン島で毎年開催されている、ジョージタウン・フェスティバルのプログラムの一つ。フェスティバルのパンフレットによると、「76種類の様々な視点の一つを通して家族の物語を探る、フィジカル・シアター、インタラクティブVR(バーチャル・リアリティ)とAR(オーグメンテッド・リアリティ)を融合した一時間の体験」とある。さらに、「「WHIST」はジークムント・フロイトの著作にインスパイアされており、架空の家族の夢や恐怖、欲望を通して、参加者を無意識の精神の旅路へと招待する。」などともある。なんかすごそうだ。すごそうなのだが、簡単に言うと、参加者はVRヘッドマウントディスプレイを装着し、会場のそこここに設置されたオブジェを視線に捉え、それをきっかけとして始まる映像を見る、というものである。そしてその映像が、フロイトのエディプスコンプレックス的な内容だよ、と。

参加者の様子。誰しもこういう感じになる。

 「WHIST」は無料で参加できたが、ただし一回毎の参加人数が限られるので、事前に登録が必要。会場に行くと、ランダムに78人のグループに分けられ、まずスタッフによるオリエンテーションを受けることになる。ヘッドマウントディスプレイの操作の仕方や、どうやってVR体験を進めていくか、その他注意事項など。その後、スタッフが一人一人にディスプレイを装着させてくれるので、ボリュームやフォーカスを自分で調整。ディスプレイに表示される取扱説明書を見た後、本編が始まる。最初の地点では、グループ全員が同じオブジェを見て(ヘッドマウントディスプレイでスキャンして)、それをきっかけとして起動される映像を見る。それが終わると、各自のディスプレイに次のオブジェが表示されるので、その場所に行ってオブジェをスキャンしてまた映像を見る。これを繰り返すのだ。映像は各56分くらいの長さではないかと思う。最初の地点は全員同じでも、その後はばらけて行くため、結果的に皆が思い思いにオブジェを求めてウロウロ歩くことになる。柱や人にぶつかると危険なので、映像を見ている間は座るように、最初のオリエンテーションで言われた。なかなか上手くスキャンが行かず、映像が始まらない時もあれば、そのオブジェをスキャンするつもりがなくても、通りがかっただけでうっかり映像が起動してしまうこともある。そうやってウロウロと座り込みを繰り返していると、やがて終了映像が現れ、ある数字がディスプレイに表示される。この数字を覚えておいて、後で教えてもらったウェブサイトに行くと、各番号の元にある精神(?)分析結果を見ることができる。

会場内に置かれているオブジェの数々。


 私の見た映像はどれも、廃墟のような洋館の一室を思わせる場所で、二人の白人男性と一人のアジア人女性を主な登場人物としていた。例えば、若い白人男性が「お母さん」と言いながらソファの上で身悶えするとか。男性二人と女性一人が、ホールに取り付けられたいくつかのドアを、それぞれ出たり入ったりするとか。VRという言葉に期待するほど臨場感があるわけではないが、映像の中心にいてぐるっと360度見回すような視線を得ることができる。一つの映像では、自分がスーツ姿で椅子に腰掛けているような視線となっており、その目の前で若い女性が寝転がってセクシーに踊る。しかし、自分が登場人物の一人になっていると言っても、座っている(はずの)自分の顔の一部を見ることは決してないのだから、やはりまやかしなのだ。また別の映像では、自分が円卓の中央の上にいるような視線になっており、見回すと件の三人が腰掛けていて、食事をしようとしている(しかし、決して食物を口に入れることはできない)。三人のうち一人の動作を見ていて、はっと振り返ると他の人がさっきと違うことをしていたりする。見ているものが映像に過ぎないことはあきらかではあるのだが、通常映画などを見る時にはない視線を得られるので、確かに面白い。

 しかし、私にとってより印象的だったのは、その映像がなんかこう寺山修司の短編実験映画みたいだったことだ。青っぽいセピア色っぽい廃墟じみた洋室だったり、ストレートのロングヘアーのアジア人女性が意味ありげに怪しく現れたり、私には見覚えのあるレトロ感だった。一見大時代的だが、見世物的気持ち悪さがある。フロイトの精神分析を意識した映像だと思うと、なんだかつまらなくなるので、寺山修司みたいなアングラ芸術だと思った方が良いと思う。かえって楽しく見られる。

 この作品を制作したAΦEは、 フランス人ダンサーEsteban Fourmiと日本人ダンサーAoi Nakamuraの二人組からなるダンス・カンパニーで、拠点はイギリスのアッシュフォードにあるらしい。制作者がダンサーと知って、なんとなく合点のいった所もある。登場人物がまさに踊るシーンもあるが、それよりも三人の登場人物が入れ違いに複数のドアを出たり入ったりする場面など、ダンスっぽい動きだと思うのだ。

 参加したのは一時間弱なのに、見終わった後は頭がクラクラして、座って休まずにはいられなかった。使用しているヘッドマウントディスプレイが重いこともあって、立ったり座ったり、見回したりすることが、思いの他疲れる。でも、試みとしては面白かった。一つの場所に皆で集まっているのに、全員が違うものを見ていて没交渉、にも関わらず同じことをしており、皆で一緒にいる感じがする。この点が、VRで体験する深層心理的な世界云々よりも、まさにスマートフォン時代の新体験という気がして興味深かった。

 終了後、映像の終わりに表示された番号をメモするカードがもらえる。後日、指定されたウェブサイトに行って、その番号の分析結果を確認した。この番号を得た人の意識下にはこういう欲望が云々といったことが書かれているわけではなく、フロイトの理論の一部を説明したようなものだった。ちなみに他の番号のものも見てみたが、どれも同じような感じだった。まぁ、予期せぬ所で指定外のオブジェをスキャンしてしまうようなこともあるとはいえ、基本的にはたまたまそのようにプログラミングされたヘッドマウントディスプレイを身につけた、というだけに過ぎないので、この部分は一種の遊びというか、映像の解説だと思う。

終了後にもらえるメモ用カードの一つ

会場となったWisma Yeap Chor Ee

 さて、「WHIST」に参加した後、頭の疲れを少し休めてから、会場近くで開催されていたエキシビションを見に行った。フェスティバルの期間中、ジョージタウンの町のあちこちで、様々な展示を見ることができる。だから町歩きが楽しい。と、言いたい所だが、いや確かに楽しいのだが、暑い。とても暑い。暑かったよ、昼間のジョージタウン。でも、今年はもしかしたら日本の方が暑かったのかも、とちょっと想像したのだった。201893日)

別の会場、Bangunan U.A.B.で見たエキシビション「Forbidden Fruits」

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