Tuesday 12 June 2018

『映画』Momotaro, Sacred Sailors(桃太郎 海の神兵)


2018126
Momotaro, Sacred Sailors(桃太郎 海の神兵)」・・・シンガポール陥落のあの時
公開年: 1945
製作国:  日本
監督:  Seo Mitsuyo(瀬尾光世)
見た場所: National Museum of Singapore

 National Museum of Singapore(シンガポール国立博物館)で20179月から「Witness to War: Remembering 1942」という展示が始まった。太平洋戦争について、1942年の日本軍によるシンガポール陥落を中心に、その歴史的資料や市井の人々による戦争体験の証言を集めた展示である。その関連企画が、「Witness to War, Memories and Screens」と題する映画プログラム。第二次世界大戦に関する各国の映画作品を集めており、この「桃太郎 海の神兵」もその一本。他の日本映画としては、「一番美しく」「戦場のメリークリスマス」「火垂るの墓」など。いまいち選択基準がよくわからないのだが、とりあえずこの「桃太郎 海の神兵」だけ見に行った。

 上映が無料で、かつアニメーションのためか、観客は親子連れ(子供に見せてどうなんだ、という気はちょっとするのだが)から戦争体験のありそうなお年のご夫婦まで、様々だった。しかし、プログラムのテーマがテーマなだけに、平均年齢は高め。まぁヒップスターな若者は、こういう歴史的な映画をわざわざ見に行ったりしないのだろう。

 「桃太郎 海の神兵」は、当時の海軍省支援の元に製作された日本初の長編アニメーションで、今回、デジタル修復版での上映だった。映画が始まる前に、戦時下の国策映画ではあるが、日本のアニメーション映画史において非常に重要な作品である点を理解してほしいという字幕が出る。

 映画は、海軍の兵隊さんであるサル吉達が、休暇で故郷の村(富士山の裾野にあるっぽい)に帰って来るところから始まる。この前半の帰省パートが結構に長い。山や田畑、家々はいかにも日本の田舎らしいが、小鳥は歌い、泉はきらめくその風景は、往年のディズニー映画っぽくもある。山を渡る爽やかな風に空を仰ぐサル吉達。叙情的でかつ流れるような動きの映像が美しい。

帰省したサル吉と弟のサンタ

 ちなみにこの作品、後で登場する桃太郎隊長以外は全員動物(例: サル吉→猿)。一応「桃太郎」が下敷きになっているので、東南アジアに駐留している欧米の兵士達が、もちろん鬼である。時おり歌が挿入され、ミュージカル仕立てになっている。

 そして後半は、東南アジアと思しき島での作戦行動が描かれる。そもそもこの映画は、メナド(またはマナド。インドネシア、スラウェシ島の都市)の降下作戦に参加した落下傘部隊の話から、という字幕がオープニングで出る。蘭印作戦の実話を元にしていることをことわっているわけだ。それでこの後半パートだが、ある南の島に海軍本部を設営する所から描かれている。本部設営は、象やサイなど現地の動物達を労働力としてなされる。動物の種類で日本兵と現地住民とを区別しているのだが、その中で、ボルネオ島名物、天狗ザルのおじさんがSongkok(ソンコ、背の高いつば無しの帽子で、一般的にムスリムの男性がかぶる)をかぶっていることに驚く。この細かーい部分でのリアリティ・・・。

 それはともかく、本部が建てられ、桃太郎隊長以下、海軍の兵隊達を載せた輸送機が到着し、訓練が開始される。(ちなみに、私が桃太郎隊長、桃太郎隊長と呼んでいるのは、劇中、桃太郎が胸に付けている名札に「隊長」とだけ書いてあるから。)家族からの郵便を楽しみにする兵士達の姿や、現地の住民に日本語の授業を行う模様などを挟みつつ、作戦の準備は進められる。偵察隊が出て敵地の写真地図が作成され、パラシュートが準備され、いよいよ輸送機に乗って出発。目標地点に辿り着いて、降下———速やかに戦闘態勢を整えると、電光石火の攻撃で敵地を制圧。そして、会談の席でイギリス軍(とおぼしき)角をはやした鬼の司令官に降伏を迫る桃太郎隊長———日本の勝利である。

 作戦の準備から実行までの、段取りのリアリティと描写の詳細さに驚かされる。例えば、兵達が各自パラシュートを巻いて紐で結んで準備した後、それをきちんと装着できるかどうかを上官がチェックする。敵地に向かう途中で雨に振られるのだが、輸送機の天井から雨漏りがするので、兵達はパラシュートが濡れないように抱えこむ。かわいい猿や犬、熊に見えるが、皆プロの兵隊なのである。

 メナドの降下作戦とことわってはいるものの、恐らくシンガポール国民なら誰でも気づくのだが、桃太郎隊長と鬼の司令官との会談は、1942215日、フォード社の工場で行われた日本の山下奉文中将とイギリスのアーサー・パーシバル中将との降伏交渉から取られている。戦争末期の19454月に公開されたこの映画を何人の人が見ることができたのかは不明だが、当時の日本の観客もすぐ気づいたと思う。戦闘シーンがリアルなために、むしろうっかり日本軍がパラシュートを使ってシンガポールに上陸したかのような錯覚を起こしそうだが、実際はそうではない。蘭印作戦にシンガポール陥落、そして劇中で挿入されるゴアの王様の挿話(ゴアの王様が西洋人に国をだまし取られるが、やがて救い主が現れるであろうというお話。ゴアはインドのゴアなのだろうか)———具体的に東南アジアのどこということは明確にせず、戦争の正当性を暗示しつつ、大日本帝国軍の「栄光」の部分を組み合わせて見せている。具体性を欠くことが逆にイメージ戦略としては効果的。しかも、作戦遂行の描写そのものは非常にリアリティがあるため、おとぎ話のように全く違う世界の話をしているようには見えない。動物達は私達の戦争を戦っている。でもその戦争は、実体のない理論的なものなのだ。それは、パラシュートによる上陸後、流れ作業のように訓練された動きで戦闘を開始するにも関わらず、敵側においてさえ決してその血や死が描かれないことにも起因している。兵隊達が家族からの郵便を楽しみにしている一方、偵察に出て戦死した兵の死は悼まれない。いくら「名誉の戦死」と言っても、死はまるで存在しないもののようである。

 国策映画でかつ子供向けであると言ってしまえばそれまでなのだが、かわいい動物達のプロフェッショナルぶりと、しかし血は流れないという不自然さで、ある意味シュールな作品である。見終わった後に不思議な気持ちにさせられる。内容に含まれるプロパガンダを加味せず、アニメーションの技術的及び審美的側面に目を向けると、非常に良く出来た作品だと思う。輸送機等をリアリスティックに描いたタッチと、動物達を可愛く描いたタッチとは異なっており、かつ挿入されるゴアの王様のエピソードは影絵アニメーション風である。感心するシーンがいくつもあるのだが、とりわけモブシーンの動物達の動きの素晴らしさには目を見張る。

 前半の帰省パートで、たくさんのタンポポの冠毛が風にとばされていく様を見て、サル吉は落下傘部隊が降下する光景を夢想する。実際に後の戦闘では、落下傘部隊がパラシュートを広げて降下していく様が俯瞰でとらえられており、そのシーンは叙情的で非常に美しい。戦争を美化していると言えるが、その一方で、ここに否応なしの戦争の美というべきものがあるのかもしれないと思った。映画のラストでは、サル吉の故郷の子供達が落下傘部隊のマネをして遊んでいる。木の上から地面に描かれた地図に向かって飛び降りているのだが、その地図はシンガポールのように、あるいは中国のように見える。プロパガンダとしての意味を考えると個人的には不愉快だが、この作品のラスト・シーンとしてはやはり印象的だった。2018215日)

ちなみにメインである展示「Witness to War」のパンフレット

中味はこんな感じ

展示の一部

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