Showing posts with label Lee Hyang. Show all posts
Showing posts with label Lee Hyang. Show all posts

Sunday, 29 April 2018

『映画』The Hand of Fate(運命の手)


20171126
The Hand of Fate(運命の手)」・・・Singapore International Film Festival
公開年: 1954
製作国: 韓国
監督: Han Hyeong-mo
出演: Yoon In-ja, Lee Hyang
見た場所: National Museum of Singapore

 「Gerak Kilat(ガラック・キラット)」と同じSingapore International Film Festival(シンガポール国際映画祭)のスパイ映画特集なのだが、こちらの作品はずっとシリアスで、朝鮮戦争休戦直後の韓国を舞台としたメロドラマ的スパイ映画である。バーのホステス、Margaret(マーガレット)と貧しい大学生、Young-chul(ヨンチョル)が恋に落ちるが、実は女は北朝鮮から来たスパイ、男は防諜捜査に従事する政府機関の捜査員であった。互いの正体を知らずに愛し合う男女の悲劇が描かれており、メロドラマ的スパイ映画というよりも、スパイもの設定のメロドラマ、という感じである。


 バーホステスを装った女スパイというと、ハニートラップとかそういう言葉が頭に浮かぶが、1954年の映画なので、そういうシーンはない。店に出る前に港や駅に立ち寄っては、到着する韓国軍の兵力を目測するという、むしろかなり地味なスパイ活動に従事するマーガレットの姿が描かれる。映画の途中で銃撃戦もあるにはある。またラストでは、マーガレットのボスである北朝鮮スパイと、貧乏学生の振りをしていたが実は捜査員なヨンチョルとの格闘シーンも見られる。しかし、それらに見応えがあるわけではなく、(表の顔においても)異なる世界に生きる男女二人の交情を描くことが中心になっているように見える。作品全体を通して、二人が彼女のアパートにいるシーンばかりが印象に残る。

 マーガレットは、泥棒に間違われて警察に捕まったヨンチョルを助けたことをきっかけに、以降彼に何くれとなく世話を焼き始める。貧相なハンサムに人目惚れしたと言ってしまえばそれまでだが、「なぜ?」とは彼自身も観客も不思議に思う。しかし、それはマーガレットに言わせると、彼女のような職業の女にとっては、夢のあることなのだ。「水商売の女が、貧しい学生に経済的な援助を施していた。数年後、罪を犯した女が法廷に立った時、それを裁くのは立派な法律家になったかつての学生だった。」というような話をヨンチョルにするのだが、彼女が言及しているのは「滝の白糸」ではなかろうか。韓国にも同じような物語があるのかもしれない。お金は持っているが社会的地位の低い女性が、貧しいゆえに将来を閉ざされている若者を身を挺して助けるというロマンに、彼女が自分の夢を仮託している点がいじらしい。マーガレットのボスは、「西側の自由に味をしめやがって」みたいに彼女をなじるのだが、彼女にとっての「西側の自由」とは、資本主義社会のひずみにひっそり咲いた恋である。西側にいれば万事解決というものでもなく、表の顔の方であっても二人の恋には悲恋の予感がある。

 休戦直後にして(それとも休戦直後だからなおさらなのか)、マーガレットが「なぜ38度線なんてものがあるの」と、直球でヨンチョルに嘆いていて印象的だった。ラストは、ヨンチョルを救うために仲間を裏切り、ボスに瀕死の重傷を負わせられたマーガレットが、あなたの手で死なせてほしいとヨンチョルに頼む。(ラストでは、お互いの正体はすでに明らかになっている。)ヨンチョルはマーガレットに口づけると、悲しみをこらえて彼女を撃つ。

 上映前に、Nanyang Technological University(南洋理工大学)のAssistant ProfessorLee Sang Joon氏の作品紹介があった。この映画は、韓国で初めて女性スパイが描かれた作品というだけではなく、韓国で初めてキスシーンが描かれた作品としても記憶されている。それが前述したマーガレットの最期のシーンである。ヒロインの美しさが極まった美しいシーンではあるけれども、キスそのものは今ならちょっとしたもので、紹介したLee先生も「あまり期待しないで」と上映前に言っていた。しかし、当時はセンセーショナルに受け取られたようだ。監督のHan Hyeong-moは、日本の東宝で撮影技術を学び、第二次大戦後に映画監督としてデビューした。1950年代の韓国映画史において、最も重要な監督の一人と見なされている。

 アクションものを期待するとがっかりするのだが、メタシアター的に「滝の白糸」を演ずる東西スパイ男女の悲恋メロドラマだと思うと、味わい深い。この時代の韓国映画を見る機会があまりないので、貴重な体験でもあった。オープニングのタイトル「運命の手」の表記が、当時は漢字とハングル混じりで、それもまた興味深かった。2018111日)