Monday 12 August 2019

『演劇』Building a Character(キャラクターを築き上げる)--- シンガポール・シアター・フェスティバル


201877
Building a Character(キャラクターを築き上げる) 」———Singapore Theatre Festival
国: シンガポール
製作: Wild Rice
演出: Teo Mei Ann
作: Ruth Tang
出演: Rebekah Sangeetha Dorai
見た場所: Creative Cube, Lasalle College of the Arts

 Wild Rice(ワイルド・ライス)の主催するSingapore Theatre Festival(シンガポール・シアター・フェスティバル)が開催されたのだった。このフェスティバル、二年に一回なのかと思ったが、過去の開催年を確認してみると、きっちり二年毎というわけでもなかった。それはともかく、会場は2016年の時と同じ、Lasalle College of the Artsだった。前回と同様、盛況な様子だった。

このプログラムに映っている4人とも同一人物(主演のサンギータ)である。

 インド系シンガポーリアンであるRebekah Sangeetha Dorai の一人芝居。タイトルの「Building a Character」は、コンスタンチン・スタニスラフスキーの演技メソッドに関する著作から取られている。日本では「俳優修業 第二部」として訳されている本である。今年のシアター・フェスティバルでは、同じくスタニスラフスキーの著作「An Actor Prepares(俳優修業 第一部)」にインスパイアされた、「An Actress Prepares」も上演された。こちらはマレー系シンガポーリアンのSiti Khalijah Zainalによる一人芝居。この作品も見に行きたかったけど、チケットが売り切れだった。どちらの作品も、シンガポールでは人種的マイノリティであるインド系とマレー系の女優の一人芝居、という共通点がある。

 まず、登場したRebekah Sangeetha Doraiが自己紹介をするのだが、彼女の名前、Sangeetha(サンギータ)の発音を観客に練習させるところから、話は始まる。サンギータという名前はインド系では一般的な名前らしいが、他の人種にとっては覚えづらく、彼女のかつての学校の先生(中華系)などは、「サンサン」と呼んでいたらしい。いかにも中華系っぽい名前に勝手にアレンジされているわけである。

 こうして、ソファ等が置かれたリビングルーム風のセットの中で、「サンサン」、もといサンギータが、自らの生い立ちと俳優としての人生を語る。それは、いかにも面白可笑しく語られるが、しかし、時に鋭い批判と悲哀が閃くものでもあった。

 キャスト募集の通知を見れば、「中華系か汎アジア系(Chinese or Pan-Asian)が好ましい」という但し書きに落胆し、まれにインド系で募集があれば、政府のRacial Harmony(人種間の調和)のコマーシャル出演だったりする。低所得(ゆえに教育レベルも高くない)のインド系、というのが役柄の一つの典型となっているため、サンギータ自身は美しい英語を話すにも関わらず、もっとインド人っぽく(訛って)話すようにという演出指導に出くわしたりする。一度くらい高級マンションに住むマダムの役をやってみたいものだと、彼女は訴える。また、かつてサンギータがワイルド・ライスの舞台「Boeing Boeing(ボーイング・ボーイング)」(フランスのマルク・カモレッティの戯曲、3人の国際線スチュワーデスと三又をかけてつき合っているプレイボーイを主人公とした喜劇)に出演した時、「顔が真っ青だ!」と言われるシーンがあったのだが、「あのシーンの度に客席から笑いが起こったのよね」と言っていた。浅黒いサンギータの顔が「真っ青」になるとは、と観客には可笑しく感じられたのだろう。

 自分自身の生活体験や演技技術とは別な所で、人種や肌の色からくる固定概念に基づいた役柄と折り合いをつけつつ、俳優人生を歩んでいかざるを得ない。その大変さが可笑しく、悲しく、そして力強く語られている。

 しかし、私はこの作品を見て、心打たれるという気持ちにはならなかった。それは私の英語の理解力の足りなさかもしれない。それもあるのだが、ただそれだけではなく、この作品が、サンギータ本人が本人自身を演じているということにも、一因があると思う。この作品の台本は、彼女自身の体験を元に作られているのであろう。彼女は彼女自身として、その心情を吐露しているように見える。しかし、その一方で私はどうしても、彼女がサンギータという彼女自身の役を演じていることを忘れることができない。サンギータという俳優を仕事にしている女性を見ながら、同時にインド系女優サンギータというキャラクターを見ている感じ。それが、通常の舞台作品で登場人物に感情移入するような気持ちを妨げたのだと思う。

 でも、だからこの作品はあまりよくない、と言うような単純なことではない。この、サンギータを二重に見ているような感じは、「顔が真っ青だ!」というセリフを聞きながら、その女優の肌色を見て思わず笑ってしまうことに似て。舞台で役を演じるということにある曖昧さ。役が演じられる他人であると同時に、(単に外見だけではなく)演技者自身の身内に備わっているものを表してしまうような瞬間。サンギータのようにマイノリティ人種であると、(理不尽なことに)人種そのものが俳優としての「個性」と見なされることがあるため、本人と役との結びつきはさらに密接になってしまうことがあるだろう。サンギータがサンギータを演じることに、感動するというよりも、むしろちょっと考えさせられたのだった。2019526日)

会場のLasalle College of the Arts

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